スタッフブログ【さびうらびより】STAFF BLOG
串本の様子や様々な串本の生き物たちを、
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第235回 50年以上先の話
○見つかる
7月15日に海中公園に隣接する高浜海岸を泳がれた方から「当地にはいないはずのセジロクマノミを見つけた」との通報を受け、関係者が確認に行ったところ、ペアのセジロクマノミ①だけでなく、驚くべきことにカクレクマノミ②が約25個体、ならびにその宿主となるセンジュイソギンチャク4個体が見つかりました。これらの種は皆、奄美諸島以南に分布する熱帯種で、串本においては1度も目撃されたことも記録もありません。また、これらは当地に分布しない上に、大量に見つかったこと、水槽装飾用のオブジェ③も同じ場所で回収されたことから、海水魚の愛好家が放流したものと判断されました。
○人為放流がなぜいけないのか
分布しない生物を放流することは、自然を大きく変えてしまうことになります。すなわち、その種の自然分布をねじまげるだけでなく、種の遺伝子や生態系の攪乱を招く恐れがあります。このことは、多くの外来生物侵入に伴う弊害を見ても明らかでしょう。また、自然ばかりでなく、熱帯種の移入を指標として地球温暖化の生物学的な検証を地道に行っている研究者をも大いに攪乱させてしまいます。
○今回の対応
今回、見つかった熱帯種は波打ち際という浅い場所に定着していたため、台風襲来時の波浪に巻かれて死んでしまう可能性があります。また、低水温耐性が低いため、当地で越冬できない可能性があります。そのため、現場に放置してもまず生き残れないと思われます。ただし、放流数が多いため、分散して当地のどこかで生き残る可能性も完全には否定できません。また、人のかってな行為によって目の前に放流されてしまった生物たちの悲劇を見過ごすこともできません。そこで、明らかに人為放流であること、当地には分布しない種であること、種の自然分布や生態系を保全すること、放流個体を救うことを総合的に鑑みて直ちに回収することにしました。ただし、当館には「当地に分布記録がない種は展示しない」という根本的な理念があるため、回収した生物を展示することができません。そこで、すさみ町のエビとカニの水族館の平井館長代理のご厚意で同水族館で預かっていただくことになりました。そして、さっそく同水族館において人為放流された今回の生物の啓発展示④を特別に行っていただいています。
○50年以上先の話
地球温暖化が確実に進行していくとすれば、水温は上昇を続けて串本の海は徐々に熱帯化し、それまで当地に分布していなかった種の定着がどんどん進むことでしょう。そして、今回、騒動となったカクレクマノミやセンジュイソギンチャクの串本への定着もいつの日にか起こるはずです。しかし、それは今ではありません。串本の海洋環境が現在の奄美と同じになる50年以上先の話です。熱帯種の北上を阻むトカラ海峡上にある境界(渡瀬線と呼ばれる)は強力であり、また、ここを越えて串本までたどり着くためには黒潮上流域にある種子島・屋久島、鹿児島、高知等を中継する必要があります。生物は分散し分布域を広げる特性を持っていますが、途方もない年月をかけて無効分散を繰り返しながら定着できるわずかなチャンスを常に窺っているのです。この厳かな生物の営みを尊重するならば、今回のような軽はずみな行為は決してなされないはずです。
by クチヒゲノムラガニ